「愛そのものになる」とはどのようなことでしょうか?
このご質問をよくいただきますので、お伝えしたいなと思います。
愛そのものになる、というのは、
愛する、ではなくて
愛される、でもなくて
「愛として存在する」ということ。
では、愛として存在するとは?
愛というのは、無償であり、無条件のものですよね。つまり、自分が、ただ、無償で、無条件でそこに存在する、ということなんです。
例えば、一輪のお花。
お花は、自分を愛してと主張せず、〇〇さんに買ってほしいとも言葉にせず、ただ、そこに咲いているだけ。
他のお花と比較したり、いつかは花びらが散ってしまうなどの未来を心配したりせず、ただ、今をひたすらに、懸命に咲いているだけです。
そんなお花を見た周りの人は、幸せな気持ちになったり、嬉しい気持ちになったりします。
もしかしたら、そのお花を好きじゃない人もいるかもしれない。そのお花の色や、咲き方や、形が気に入らない人もいるかもしれません。
それでも、お花は、そういう人に何を言われても関係なく、ただ、咲いているだけです。
人の好みはそれぞれだから、相手に愛されるかどうかは自分には決められない。だかは、ただ、お花は、自分らしく咲いているだけです。
ひたすらに、懸命に。
「………………ということは、理屈では分かるんです!」
私のブログを読んでくださっている方は、こう思われるかもしれませんね。
では、いつも書いておりますように、具体的に、それを知ってどうするか、ということが大切になりますよね。
今、皆さんにできること。それは、2つあります。
まず、その1つをお伝えします。
それは、まずは、自分の脳内ルールを丁寧に、そして緻密に、理解していって、その1つ1つを、本当に自分にとって必要なのか? を、探っていくのです。
無条件の愛とは、この、脳内ルールが、なくなる、ということなんです。
いや、人間ですから、脳内ルールを持って生きているので、脳内ルールがあっても良いのですが、それによって、自分の感情や気持ちが、左右されない、ということなんです。自分の脳内ルールが、自分の幸せや喜びを、1つも邪魔しない。。。そのような感覚です。
自分を悲しくさせたり、イライラさせたり、苦しくさせる脳内ルールが段々なくなっていくこと。これが、愛そのものになっていく道のりです。
じわじわと、ご自分の脳内ルールに向き合われてみてください。
これは、お相手の方が目の前にいなくでできますよね。そして、お相手の方に対してはもちろん、身近な人に対して、周りの人は、自分の脳内ルールに気付かせてくれる存在だと思って、接してみてくださいね。
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2月のセッションの受付は終了させていただきました。たくさんのお問い合わせとお申し込みをありがとうございました。次回の受付開始は3月上旬の予定です。