一つ前の記事の続きです。魂の声をクリアに聞いて、魂のままに生きることについて。
魂の声(持って生まれた個性)で生きることには頑張りや努力が必要なく、心地よく幸せな人生になります。
しかし私たちは大人になるにつれて魂の声が聞きにくくなってしまっています。なぜならば親や教師、または所属している社会によって脳内ルールや生き方を学び、そちらの影響が強くなってしまうからです。
例えるならば、あなたがバレリーナとして生まれてきたのに、赤ちゃんの頃から空手道場にて育てられたということです(その反対も同じです)
あなたはバレリーナとして踊ることが好きなのに、赤ちゃんや幼児の頃から見ているのは勝負の世界。勝つためには承認を得て、誰かよりも優れなければなりません。
またあなたは踊りたいのにやらされるのは空手の練習、空手のための筋トレ、そして空手の試合に出場する。このような毎日です。
ここで思考や心の仕組みとして、空手の練習や試合をしているうちに、なんと自分は空手が好きで、空手の考え方が自分には合っていると思ってしまうのですね。
私は空手をするために生まれてきた、私の幸せは空手で勝つことなのだとまで思い込んでしまうのです。それほど親や社会の影響が強くなるからです。
しかし魂はバレリーナであることは決して忘れません。脳も心も最も深い所ではバレリーナとして生まれていることを知っています。
そうすると、自分が自分へありとあらゆるサインで教えてくれます。
それが身体感覚や言葉にできないような心の感覚です。
質問をしてくださった女神が「あるコミュニティの定期的な集まりなどに向かう途中、うすら寒い感覚が体に走り動悸もする」と書いてくださいました。
これは親や社会の影響を受けた脳での思考では、その集まりに行こうと思えていても、うすら寒い感覚がするのは、身体が行きたくないと感じているからです。それは魂のやりたいこととは違っていたり、魂のままいることが難しいような場合に起こります。
他にも友達とでかけるのが楽しいはずで約束したのに、日が近づくにつれて行きたくなくなったり。あるイベントに参加して楽しかったはずなのに、帰宅したら疲労がたまり何かが満たされなかったり。これも、思考では行きたいと思えていても、身体が魂の声を教えてくれているからです。
もう一つ「特に行きたくてしょうがないわけではないし行く前からちょっと嫌な思いもしているのに、その場所に行くことになっている」は、上記の反対です。思考では行きたくなかったり嫌だなと思っていても、魂は行ったほうがいいこと、行けば自分の魂が満たされる何かがあることを知っている。
だから思考では行きたくなくても、なぜか行くことになる。これは魂が導いているからです。
「こうした感情・行動のサイクルがある程度パターン化している」のは、魂がなんとかして魂のままに生きられるようにするからです。
私たちの人生では「思考」に従うように教わってきました。自分の頭で考えて、頭で計画して、頭で選択するのだと。それが人生なのだと。
しかしその思考自体が、そもそも親や教師の影響を強く受けていて、それが魂と異なるルールやパターンを持ってしまっていると、いつも魂と思考、心、身体感覚が不一致を起こすような日常生活になります。
思考と心、身体感覚が魂と不一致を起こしていると、幸せになるために一生懸命生きているはずなのに、なぜか理想通りにならないことが起きてしまいます。
そこで魂は、あなたの思考、心、身体感覚を何が何でも一致させようとします。そうすることが自分の幸せだと魂は分かっているからです。
ではその魂の声を聞くために私たちができることは、これからの毎日において、思考に頼りすぎず、思考は古いパターンではないかといつも疑ってみることです。
そしてこれからは、身体感覚、心の感覚にフォーカスして、そちらのほうをベースに新しい選択してみる。こうすることで、少しずつ魂の声がクリアに聞けるようになっていきます。
それは大きな選択のことだけではありません。日ごろから、思考のスイッチをオフにして、身体感覚や心の感覚のほうを丁寧に感じてみてください。
思考というフィルターを通さずに、身体や心で「感じる」に意識を向けてみるということです。
そこで「快」になれば、魂が求める方向と一致しています。
どれほど思考でプラスに思えていることでも「不快」であれば、魂が求めていないということです。
このように最初は練習だと思って身体感覚や心のほうに意識を向けてみてくださいね。それを続けますと、過去から培われてきた思考のフィルターが外れやすくなり、段々と魂の声が分かるようになっていきます。
そして思考は後天的に変えられます。幼少期の影響で癖になっていた枠組みは、意識的に魂の枠組みへと変換していけます。
この時に大切なことは、最初は100%魂の声が分からなくても問題がなく、魂の声の通りに理想を生きられなくても大丈夫ということです。
例えばバレリーナとして生まれていることに気づいても、今すぐには踊る舞台にあがれないこともあります。これからも空手の練習が続いたり、空手の試合に出なければならないこともあるでしょう。
本当はバレリーナとして踊る仕事をしたくても、今までと同じ我慢したり辛い空手の仕事を辞められないこともあります。
それはダメということではありません。今までと同じ日常が続いても、嫌だと我慢しながら行うのは辛いだけです。
しかしあなたが魂の声に気づき、「私はバレリーナとして踊る仕事をしたいけれど、今は空手の練習をしている」と自覚しながら行うのは精神的かつ身体的な負担が異なります。
自覚しながら行えば、魂の声に逆らっていることにならず、魂の声を聞きながらバレリーナだと分かった上で空手を楽しむこともできます。
ですので魂の声に気づいてからも、日常生活において嫌なのにやらなければならないことがあることがあります。その場合でも、「本当は○○したいけれど、今は経験としてこちらを味わってみる」というスタンスで流れに身を任せてみてください。
まとめますと、魂の声を聞きながら、身体感覚や心の感覚に意識を向けて、そちらをベースに選択していく。そうすることで、魂の声が少しずつクリアになっていきます。
私たちの心も身体も、なんとかして私たちに魂の声に気づかせようとしている。ありとあらゆる現実を通して、魂のままに生きさせようとしてくれている。素晴らしい神秘ですよね。
あなたの魂には魂のペースがあります。肩の力を抜いて、身体さんや心さんと対話してみてください。
ご質問をありがとうございました。
宇宙は今日も無限にあなたを愛しています。
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