ツインレイの愛を生きる

愛の学びを通して、真実の愛を知りました。愛そのものとして生きましょう。奇跡は常に起きています。

「鏡の法則」を使いこなす2

 

こんにちは。hanabiです。いつも私のブログを読んでくださいましてどうもありがとうございます。

 

 

 

2月のセッションの受付を開始させていただきました。ご希望の方は、まずはメールにてお問い合わせくださいませ。

 

 

 

2月は28日しかない月ですから、あっという間に過ぎる、とお感じになる方が多いようです。スペシャルな満月からスタートしたこの2月、皆さんが、心軽やかに、そしてスッキリとしたお気持ちで過ごせますようにこれからも言葉を綴ってまいりたいと思います。

  

 

 

 

 

「鏡の法則」につきまして、より詳しくご説明させていただきますね。

 

 

 

 

 

 

鏡の法則の記事は、これまでも、何度か書かせていただいております。

 

 

 

 

 

 

そして、鏡の法則の記事に対して

 

 

 

 

 

「え?では、あの極悪犯人も私ですか?」

「え?では、あの憎い人もすべて私なのですか?」

「それは違うに決まっていますよね」

 

 

 

というメッセージを毎回のようにいただきます。

 

 

 

 

 

鏡の法則とは。その、ひどいことをしている人と全く同じそのものがあなただ、ということではなく、私たち人間の実存の存在として、「私たちひとりひとりの心の内側にも、ひどい罪を犯してしまうその人と同じことをしてしまうかもしれないという可能性はゼロとは言えない。なぜならば、それは、誰もが同じ人間としてつくられているから」という風に、相手を見ます。

 

 

 

 

私たちが、たった今、極悪な犯人ではないとしても、もし、その罪を犯してしまった人と、全く同じような境遇に生まれ、同じような境遇に育ち、同じような状況にあったとしたら、絶対にその罪を犯さなかったのか・・・・・と問われましたらね、それに、絶対にそうだ、と言えないのではないか、ということが、鏡の法則です。

 

 

 

 

つまり、私たちの目に映る人がしている行動や、言葉、というのは、その人と自分とが同じ人間であるということは、(その可能性はどんなに限りなく低いと思ったとしても)、人間の実存として、ゼロとは言えない・・・・・

 

 

 

 

 

ですから、目の前に映る人の姿を通して、その人のことに対して、「自分の心の内側がどのように反応するのか」という捉え方をすることが、鏡の法則です。

 

 

 

 

例えば

 

 

 

 

 

極悪犯人に対して、「なんてひどいんだ。その人はダメな人間だ」と思うのか。

 

 

 

 

極悪犯人に対して、「私もその人と同じようになってしまっていた可能性もある。どうすれば、その人はその罪を犯さなくてすんだのだろうか。もしかしたら、その人に反応するということは、私は、その犯人と同じことはしていないまでも、私の心にも人を憎んだり、恨んだりしている極悪な気持ちがあるのではないか」と思うのか。

 

 

 

 

 

いろんな捉え方ができますよね。

 

 

 

 

 

極悪犯人に対して、全員が同じように見るのではなくて、その人の心の内側の状態によって、その人なりの解釈をする。つまり、その人には、その人のことをどう見るか、という、あなたの心の内側が映っている、ということになります。

 

 

 

 

 

 

鏡の法則は、ぜひ、「ご自分の内側を知るきっかけ」として、お使いいただければと思います。