ツインレイの愛を生きる

愛の学びを通して、真実の愛を知りました。愛そのものとして生きましょう。奇跡は常に起きています。

愛の在り処(ありか)

 

愛とは、特別なものではなくて、とても身近なものです。

 

 

 

 

遥か彼方にあるものだけが愛なのではなく、たった今、目の前にどれほどの愛が存在していることでしょう。

 

 

 

 

 

愛は特別なのだ、というメガネをかけていると、身近にある愛が目に入りません。

 

 

 

 

 

愛は目の前にあるのだ、というメガネをかけていると、日常生活において、目の前にある愛がたくさん目に入るようになります。

 

 

 

 

 

愛とは、かたちがないもの、ということは、皆さんもご存知だと思います。かたちがない、ということは、境界線を持たない、ということです。つまり、すべての愛は繋がりあっています。

 

 

 

 

ですから、愛の性質からいっても、目の前にある愛に気が付いていない時に、遥か彼方にある愛は知っている、ということにはならないのです。

 

 

 

 

 

目の前にある小さな小さな愛。奇跡。ありがたさ。喜び。周りの人からの優しさ。思いやり。大自然からの恩恵。両親や家族からの静かなる愛。そういう、いわゆる「普通さ」の中に散りばめられている愛に触れることで、それらが延いては、相手との愛に繋がっていきます。

 

 

 

 

 

 

そして自分への愛とは、行動することです。相手に対しての行動もそうですが、自分に対する行動もそうです。日々、身の回りをお掃除したり、お仕事を丁寧にしたり、身体をいたわってあげたり、お写真や本棚の整理、靴を磨くこと、データの整理、お布団を綺麗にすること、自分の好きなことをすること、やりたかったことをやること、行きたかったお店に行くこと。具体的な行動は、自分自身へ贈る愛です。

 

 

 

 

 

 

あなたが「普通だ」と思っていることは、同じ地球に住む他の誰かにとっては、切望してやまないことかもしれません。ということは、あなたはそれを与えられているという愛が、すでにそこにあるということです。

 

 

 

 

 

 

これまでも、このようなことをよく書かせていただいておりますが、つまり、愛とは、特別な場所で特別なことをすることだけを指すのではなくて。

 

 

 

 

 

ありきたりな普通の生活で、いかに地に足をつけて行動できるのか。それこそが愛なのだと、私は強く思っております。

 

 

 

 

 

なぜならば、私たちの人生とは、特別な瞬間よりも、平凡な日常の時間の方が圧倒的に長いからです。ということは、その、平凡な日常の中にある穏やかな愛を感じられるようになったのならば、どれほど満たされた日々を送ることができるでしょうか。

 

 

 

 

 

12月も残りわずかとなり、2017年もまとめの時期となりましたね。どうぞ、あと2週間、身近にある愛に、たくさん触れてみてください。どんな身近にある愛によって支えられ、どんな恩恵によって日々の生活が可能になっているのか、周りを見渡してみてください。

 

 

 

 

 

あなたのハートからこの地球を眺め、たくさんの愛を感じてみてくださいね。