ツインレイの愛を生きる

愛の学びを通して、真実の愛を知りました。愛そのものとして生きましょう。奇跡は常に起きています。

2017/05/03-2

皆さんからたくさんのメッセージやコメント(非公開です)、読ませていただいております。どうもありがとうございます。

 

 

私がブログを書く事を立ち止まろう、と考えさせられたきっかけを書きます。

 

 

それは「私の相手はツインではないと分かったけれども、hanabiさんの記事を読んでいてもいいでしょうか」と何回か言われたことです。

 

 

 

私は、自分としましては、このブログは、真実の愛について、そして、相手ではなく自分と向き合うことで自分軸の人生を確立することについて書いてまいりましたので、もちろん、ツインであるかないかにかかわらず、読んでください、とお伝えしていました。

 

 

 

しかし、これも、矛盾があることに気付かされました。なぜならば、このブログのタイトル自体が、「ツインレイの愛を生きる」です。ですから、「ツインレイについてだけ書いてある」「ツインの人に向けて書いてある」と皆さんが思われることは当然のことです。

 

 

 

私にとりまして、(私の中での解釈では)「ツインレイの愛」とは「真実の愛」のことであり、ですから、このブログでは、真実の愛について書いていこうと思っていました。そして、時折、ブログでそのように説明させていただきました。しかし、読む皆さんにとりましては、私が発言している内容は、ツインレイに当てはまる人だけに向けて書いている、と思われるのは、このタイトルで書いている以上、当然ですよね。(そのことに、今になり気付かされました。)

 

 

そして、もう一つ。「彼がツインではないと分かりました。でも、このまま好きでいてもいいのでしょうか」という言葉も、たくさん耳にしました。

 

 

 

本来、人を好きになることは、ツインだから、ツインではないから、ということで決めることではなく、その男性が好きだから、好きになったり愛したりするものです。ですが、ツインの情報が多くなっていることによって、相手がツインであれば愛する、相手がツインでなければ愛さない、愛されない、今好きだと思っている男性ではなくちゃんとツインを見つける、というようなことが起きてしまっているように感じられます。

 

 

相手をその男性そのもの、として接するのではなくて、また、現実を捉えるときに、ツインという情報を通して見てしまう、ということが少なからず起きてしまっています。私のブログも、その一端となっているように感じられました。(もちろん、私のブログで希望が持てた、参考になってありがたい、と書いてくださっている方もたくさんいますので、ありがたくそのお言葉を受け止めています)

 

 

 

一般公開であるブログという場において、特定のテーマについて書くときに、公にして発信したほうがよい情報と、その特定のテーマの記事を読みたいと思ってくださる方に対して、これはあくまで私hanabiの信じていることです、ということを理解していただいた上で発信したほうが良い内容があるのではないか、というのが、私の現在感じていることです。

 

 

 

ですから、私の想いとして書いてきた内容で、読んでくださる方に誤解を与えかねない過去記事を、一旦、非公開とさせていただきました。(その記事を楽しみにしてくださっていた方、それを励みにしてくださっていた方もいらっしゃると思います。現在、非公開にいたしますことをご理解いただければ幸いです)

 

 

 

 

ドジな女神(笑)の文章を温かく受けとめてくださる皆さん、ありがとうございます。

 

 

 

 

 

追伸

このブログはhanabiさんのブログなので自由に書いてください!とたくさん方から言っていただいております。ありがとうございます!皆さんのお言葉を胸に受けとめまして、今、こうして自由に、つぶやきのような内容を書かせていただきますね。