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ツインレイの愛を生きる

ツインレイとして生きることで、真実の愛を知りました。愛そのものとして生きましょう。奇跡は常に起きています。

裁判はおしまい

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いつも感動しながら読ませていただいてます。だから一日に何度も更新されている時は嬉しい!(泣きながら読んでいるのにです) ただ不思議なのはhanabiさんはもう、ツインのレベルにはいないようなのに、どのタイトルの記事も、ツインに絡んで、並走してくれている内容なんですよね。そこが好き。 母を亡くして以来の落ち込み様で、寝るまで泣いて、泣きながら起きる、そんな毎日ですが、ずっと気になっていたけど後回しにしていた『自愛』をここで勉強させていただいています。 とにかく、何よりも大切なようですものね。私には難しいけど自分史上最強?いい女になります。

 

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大切なお母様がお亡くなりになられ、寝るまで泣いて泣きながら起きるとは、さぞかしお辛い日々のことと思います。そのようなお気持ちの中、私のブログを読んでくださり本当にありがとうございます。コメントを書いてくださったあなたは物事を大変深く捉えることのできる素敵な女性ですね。そして、あなたのお母様がいかに素晴らしい女性であったか、私に伝わってくるようです。心からご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

 

 

 

『自愛』とは、自分の心の中にある、ありとあらゆる自分のパーツを、1つ1つ、時間をかけて、統合させていく過程です。

 

 

 

 

私たちはいつしか、〇〇であるべき、という物差しで自分を図り、相手を図り、世の中を図るようになりました。

 

 

 

私は、優しくあるべき。

私は、おとなしくしているべき。

私は、人に役に立つ人になるべき。

私は、誰かに迷惑をかけないべき。

 

 

 

 

 

この、〇〇すべき、という物差しを持つ、つまり、自分で裁判官のように自分をジャッジしていますと、裁判と同じで、被害者や加害者ができてしまうんですね。

 

 

 

 

つまり、私が、今、辛いのは、ランナーツインが冷たいから。これは、ランナーツインを、加害者にしてしまっています。

 

 

 

そして、加害者に痛めつけられている被害者が、自分です。

 

 

 

 

これが、加害者が自分、被害者も自分の場合もありますよね。自分で自分を責めて、自分が傷ついている状態です。

 

 

 

 

裁判官がジャッジしていると、自分の中に、被害者や加害者という別々のパーツをつくってしまい、それらが不協和音を起こしているから、自分の中に辛さや苦しみがあります。

 

 

 

 

 

これからは、ジャッジの物差しを手放し、自分は裁判官として自分を見るのではなくて、

 

 

 

お見合いの仲人さんのように、あなたの中にいる加害者と被害者(自分を責めちゃう自分と、責められる自分)という2人の仲を取り持っていくんです。

 

 

 

 

裁判して判決をだすんじゃなくて、お見合いして仲良くなる。

 

 

 

 

そもそも、裁判する必要はなかったんです。初めから。

 

 

 

 

もし、読んでくださっているみなさんが、自分をジャッジしてしまう、自分を責めてしまう場合、それはこれまで生きてくる中で、あなたが誰か(多くは親です)にジャッジされて生きてきたので、あなたもそれを真似して、ジャッジするようになってしまっただけです。

 

 

 

 

 

自愛とは、ジャッジじゃなくて、バラバラになってしまった自分を、1つにお見合いさせていく、それが、自分の中の「統合」です。

 

 

 

 

 

ですからね、自分最強の女になるというのは、エステとかアロマで外側を磨くということだけでなくて

 

 

 

 

 

自分の中にいる最もゆるしがたい自分を、みとめ、ゆるし、愛してあげること、です。

 

 

 

 

大嫌いな自分、最も見たくない自分。そんな自分を、ありのままに抱きしめ、あなたもがんばって生きてきたよね、って言ってあげることです。

 

 

 

 

なぜなら、ダメな自分や情けない自分だって、今の自分と一緒に、これまでずっとずっと一緒に生きてきたんです。

 

 

 

 

あなたが学校のクラス担任なら、勉強のできるこ、できないこ、落ち着きのあるこ、落ち着きのないこ、静かなこ、うるさいこ、元気なこ、意地悪しちゃうこ、みんな、好きだと思うんですね。自分が担任ですから、どんな子でも、可愛いな、私の愛する生徒だなって。

 

 

 

 

 

そんなイメージです。

 

 

 

 

あなたの中にいる、いろんなあなたを、優劣つけずに、愛の目で見つめてあげてください。すぐにそんな自分をゆるなくても、まずは、愛を持って見てあげる。どうこうできなくても、愛からの窓で、それらをのぞいてみる。その繰り返しです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みなさん、もう、自分を裁く裁判をするのはやめにしましょう。相手を裁くこともやめにしましょう。裁判官は必要ありません。

 

 

 

 

時代は統合にむかっています。手と手を繋いで、手と手を取り合って、進んでいきたいですね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも涙を流しながら私の記事を読んでくださる、魂の美しいあなたを、心から応援しております。素敵なコメントに私も励まされました。あなたの温かなコメントと、あなたという優しさに溢れる女神をこの世に誕生させてくださった、あなたの美しいお母様に、心から感謝いたします。