読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ツインレイの愛を生きる

ツインレイとして生きることで、真実の愛を知りました。愛そのものとして生きましょう。奇跡は常に起きています。

質問より ★想いと行動が裏腹になる理由

今日はいただいたご質問にお答えしたいと思います。

 

 

今回の内容は、ランナーツインがなぜ、気持ちとは反対に、愛しているのに去る、という行動を選ぶのか。それを理解することにもつながりますので、どうぞお読みください。

 

 

 

 

コメント者様は、私が書いたこちらの記事に対して質問してくださいました。

twinray-hanabi.hatenablog.com

 

 

 

私が、子どもの頃に、心ではとっても嬉しかったのに、表情には出さずに、むしろ嫌そうな態度を取る、それについてのご質問です。

 

 

 

 

=========

 

Hanabi さん、いつもあたたかいメッセージありがとう!
教えてください。心の中と外に出す態度が真逆だった。飛び跳ねたい程嬉しい時に嫌そうな態度をする。。それは、何故そうだったのですか??そんな自分に気がついてもそうするしかなかったのですか(できなかった)? そうなる理由に気付いて治せたきっかけはありましたか?

 

=========

 

まず、心が嬉しくても態度として嫌な表情する。

 

 

これは、子供は、「自分がそうしている」ということには気づいていません。

 

 

 

これは、どんな態度でも、どんな行動でもそうなのですが、子供が行動をしているとき、それに「気づいている」という場合は、ほとんどありません。(そして、実は、それは、私たち大人も同じなんです。このことは、書くと長くなりますので、また改めて記事にしたいと思います。)

 

 

では、なぜそうしているかというと、子供は、無意識のうちに、自分の心が「快」になるほうを選びますよね。なにかを食べるときは、感情として食べたい、と思えるものを選びますし、あそびを選ぶときも、自分の心が「快」を得られるからこそ、鬼ごっことか電車ごっことか、無意識のうちにそういうものを選択します。(その時に、「なぜ、これが好きなのか?」「なぜ、この遊びを選ぶのか?」などとは考えません。これが、気づかずに、無意識に「快」を求める、ということです。)

 

 

これが、子供の「行動」の場合も、同じなんです。

 

 

無意識のうちに、「心では嬉しくて、顔では嫌な表情をする」、を選んでいます。それは、なぜならば、その時のその子供にとって、そうすることが、心の「快」なんです。

 

 

でも、不思議ですよね。普通は、心に思ったことをそのまま外に出すことが「快」だと一般的には思われますし、一般的な子供はそのようにしています。

 

 

では、「心では嬉しくて、顔では嫌な表情をする」子供の場合、なぜ、こうすることのほうが「快」になってしまっているんでしょうか。どういう場合に、こちらのほうが、「快」になるのでしょうか。

 

 

それは、その子供が、親から否定されている、ありのままの自分を認めてもらえない、という時に起きる心理です。

 

 

 

幼少期、私たちは、ありのままの姿で生きています。最初は、愛されようとか、愛されるための努力をしようとか思いませんよね。嬉しい時に笑って、お腹がすいたらミルクが欲しいと泣き喚きます。いちいち、ここで泣いたら誰かに怒られるかな、とか、考えません。

 

 

そんな、ありのままで生きていた子供が、大きくなるにつれて、周りの様子が変化していることに気づきます。

 

 

それまでは泣いても喚いても怒られることなく、むしろどんな自分でも笑ってもらえて愛してもらえたのに、段々と、「泣くんじゃありません」「お兄ちゃんなんだから喚いちゃダメでしょ」「もっと○○しなさい」などと言われるようになります。

 

 

これが、その子供の心の許容範囲であるうちは良いのですが、過度に起きているケースがあります。

 

 

何を言っても、自分の感情が否定される。

何を表現しても、もっと○○しなさいと言われる。(泣いちゃダメ、はしゃいじゃダメ、もっと静かにしていなさい、もっとおとなしくしなさい、など)

いつも、親に指示を出される。(もっと○○しなさい、○○しちゃダメ)

いつも、親にかなりの干渉をされる(あなたは○○すればいいのよ。あなたは○○のほうが将来のため、など)

 

 

 

このように、「自分が自分でいられない」ことが過度に起きているとき(親は、それが過度になっていることには気づいていません)

 

 

 

子供は、まず、「ありのままの自分では愛されないのだな」と無意識のうちに学びとります。 

 

 

そこで、本当の感情を受け入れてもらえない、ということを学んでしまい、「もう、自分のありのままの感情を出すのをやめよう」「ありのままでいると否定されるのだから、自分の感情はだすべきではないのだ」と思うようになります。

 

 

先ほども書きましたように、人はいつも「快」でいたいので、こどもは、これ以上、自分の感情を出したり、自分の言いたいことをそのままいって、否定されるのが嫌なんです。それならば、感情を出すことよりも、出さないほうがましなんだ、とわかっているので、自分を偽るような生き方を、すでに幼少期に身につけてしまいます。

 

 

それが、まず、ありのままでいない子供の理由です。

 

 

そして、「心で嬉しいのに、嫌な顔をする」ということについて。

 

 

まず、その理由の一つは、わかってもらえない子供というのは、表情を出さなくなり言いたいことを言わなくなりますが、でも、本来、子供は誰もが、「わかってもらいたい」という気持ちは持っていて、それ自体はなくなりません。

 

 

その時に、子供ながらにどうするかというと、自分の感情は出せないけれども、親には愛されたいしかまって欲しいし分かってもらいたい。それならば、悲しそうな表情をしてくれたら心配してくれる、という心理が働き、心とは裏腹に、あえて辛そうな表情をして親の気を引こうとしているんです。

 

 

いつもいつもわかってもらえない子供というのは、普段から親に愛されて理解されている子供よりも、過度に「わかってもらいたい」と思っています。

 

 

ですから、あえて、辛そうな表情、悲しそうな表情を見せて、親の気を引く行動をしてしまうのです。

 

 

 

そして、もう一つ。

 

 

分かってもらえない子供は、そんな親に対して子供ながらに怒りの感情を持ちます。ありのままの自分を愛してくれない親を、愛しながらも実は頭にもきているんです。

 

 

そして、そこで、(自分をこんなに苦しい思いをさせている)親を困らせてやろう、という心理が働きます。

 

 

そこで、自分が悲しんだり辛い思いをすること、が、こどもは、親を困らせること、だと分かっているので、あえて辛い表情や辛い表情をして、親を困らせ、親に復讐しているのです。

 

 

自分が辛い表情をする → そんな自分を見た親は心配したりして不幸な表情をする → 親が困った表情になれるのを見れて嬉しい。復讐ができた

 

 

このような気持ちです。

 

 

 

これは、私だけの心理ではなく、一般的に子供に起きるケースを書きました。

 

 

 

そして、この態度は、自分で自分はそうしているんだ、と気づくまで、大人になっても、何歳になってもずーっと続きます(70歳になろうが80歳になろうが、気づくまではずっと同じパターンを繰り返します)。 そして、人は、なにか大きなきっかけがないと、自分のしている行動はあたりまえになってしまっていますので、そのことには気づけないものなのです。あなたの周りにもいませんでしょうか?なぜ、あの人は○○という行動をするんだろう?例えば、なぜ、あの人は、頑固でどなってばかりいるんだろう? というふうに。でも、その本人にとっては、怒鳴ることや頑固でいることが生活の一部になってしまっていて、自分では周りの人が思うほどのことをしているとは気づいていません。

 

 

 

私が今回のような自分に気づくことができたのは、やはり、ツインのステージのおかげと思っています。

 

 

彼とのことで現実世界が思うようにいかなくて、その時に、

 

 

もしかしたら、彼がおかしいのではなく、現実世界がおかしいのでもなく、この私の考えや行動こそがおかしいのではないか?と、はじめて自分の姿を、外側から見つめられるようになったのです。(その時でさえ、私はまだ自分が普通だと思っていました。こう思ったことがきっかけとなって、何回も何回も自己と対峙して、そのあとにやっと自分の姿に気づけていったんです)

 

 

 そして、ようやく、幼少期に身につけてしまった自分の思考パターン、行動パターンに気づかされたのです。

 

 

 

 

 自分の行動とは、どのようなことにしろ、それが問題だ、と認識するまで、治すことはできませんよね?そして、この、認識する、ということが、実は一番難しいのです。なぜならば、私たちは誰もが、自分の人生しか生きていませんので、それが治す必要があるとか、私はおかしな考え方をしているんだ、と気づけないのです。たとえ、外側からみれば、周りからみれば明らかにおかしいと思うようなことでさえ、私のように、当の本人は気づけないものなのです。(私にとって、心で喜んで顔で嫌な表情をする、というのは、当たり前すぎて、30歳過ぎるまで、そのことに疑問ももちませんでした)

 

 

 では、その気づくきっかけになることはなんなのか。

 

 

それが、現実問題で、うまくいかないこと、思った通りにならないこと、つらいこと、なんです。

 

 

そう考えますとね、目の前にある問題、というのは、実は、無意識にしてしまっている自分自身の思考や行動のパターンを見直す機会を与えてくれている、と考えられませんでしょうか。

 

 

私は、今現在でもたまに、嬉しい時に嬉しくないような顔をします(これは、ツンデレ、と呼ばれますよね 笑)それほど、幼少期に身につけてしまったパターンは、超、強力なものなんです。でも、今の私は、その理由が自分でわかっていますのでそれを受け入れたうえで、自分の行動をコントロールできています。

 

 

 

 

では、ランナーツインが、愛しているのに去る理由です。

 

 

黙って去るのは、言いたいことを言えない、もしくは、心の内側の感情をそのまま出せない、出したくない、出す方法がわからない、などからです。

 

 

 

では、なぜ、そうなるのか。

 

 

 

それも、幼少期に、言いたいことを言ったらば受け入れられなかった、など、ありのままでいられなかった強い痛みが根強く残っているからなんです。今回の私と同じように、ありのままの自分でいたら否定されたり、過度に干渉されたり。

 

 

ですからね、黙って去るのは、卑怯なんじゃなくて、ずるいんじゃなくて、実は、「子供の頃からずっと欲しい愛を貰えなかった」ということのあらわれでもあるんです。

 

 

それが分かると、黙って去ったその男性を、けなすんじゃなく、無限の愛で抱きしめてあげたくなりませんか?

 

 

(ツインレイの場合、男性が黙って去るのは、このような心理的なしくみ以外にも、宇宙の采配などが絡んできますが、男性が去る理由のほとんどは、こちらに該当しますので、それを理解できますと、相手の行動の内側まで理解できますよね)

 

 

 

 

長くなりましたが、お読みいただきましてありがとうございました。私自身は、そのような行動をせざるをえないほど、過度に否定されて育ちました。今は、真実の愛を知るために、そのような過去を過ごしてきたのだという深い実感とともに、この人生が歩めて良かったと心から思っております。

 

 

 

 

ランナーツインに限らず、あなたの周りにいる人の、あなたが嫌なその行動も、もしかしたら、目に映るものと、全く違っているのかもしれません。

 

 

 

 

 

ご質問、ありがとうございました!

 

 

 

 

 

 

(今回書きましたように、相談者様のご自分では当たり前すぎて気づいていらっしゃらないことを、私がお聞きすることで、目の前の現実の問題は、このようなことが理由で起きている可能性がありますよ、とお伝えしているのが、私の相談です。それが分かりますと、では、それに対してどのように取り組めばよいのかが見えてきますし、自分が変われば、現実はそれに伴って変化するようにできています。ですから、ツインのステージも、どんどん自分の姿に気づかされ、どんどん自由になっていくことができるのです!)

 

 

 

☆電話・メール相談について☆

http://twinray-hanabi.hatenablog.com/entry/2017/01/05/111838
 
お問い合わせ
twinray_hanabi アットマーク yahoo.co.jp
 
アットマークを@にかえてメールにて
詳細をお問い合わせくださいませ。

 

 

 

 

[人気記事です]

twinray-hanabi.hatenablog.com

 

 

 

***************

愛の風に乗って

メッセージが必要な方に届きますように

 

(ランキングに参加しております)

*************** 

 

にほんブログ村 恋愛ブログ ソウルメイト・ツインソウルへ
にほんブログ村