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ツインレイの愛を生きる

ツインレイとして生きることで、真実の愛を知りました。愛そのものとして生きましょう。奇跡は常に起きています。

質問より ★「愛そのものとして生きる」とは1

今回も、いただいたご質問にお答えしたいと思います。

 

愛を込めて。

 

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 2. 愛そのもの" で生きる とは、日々、具体的にどうすることなのでしょう。 愛することでも愛されることでもなく、愛はそこにある。それは、一体何に気がついたら、わかるのでしょう

 

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「愛そのもので生きる」とは、私も、ブログでよく書かせていただく言葉です。これについて書きたいと思います。

 

 

 

私たちの本質は、この肉体そのものにあるのではなく、魂であり、その魂を進化、成長させるために、この地球に降り立ちました。

 

 

魂の進化、成長とは、宇宙そのものの姿である「真実の愛」に目覚めること。

 

 

この、「真実の愛」を理解し、学ぶために、この地球に来たのです。

 

 

私たち人間は、この地球で、肉体という限定された「自分」という視点を与えられ、限定された時間と空間の中で学ぶ、という環境が与えられました。(魂の世界では、肉体を持たず、地球的な時間と空間が存在しないと説明されています)

 

 

この地球では、すべてが2極として存在します。2極の世界とは、なにか一方だけでは存在することが不可能である世界のことです。

 

 

光は、闇があってはじめて、光として存在することができます。

(もし、この世に光の状態しかなければ、どのような状態が「光」なのか、ということは分かりませんよね。)

 

 

低い、がなければ高い、は存在しない。

寒い、がなければ暑い、は存在しない。

狭い、がなければ広い、は存在しない。

まずい、がなければ美味しい、は存在しない。

 

健康、は病気があってはじめて存在できる概念です。

 

不幸せと幸せ。

 

表と裏。

長いと短い。

善と悪。

強いと弱い。

 

男と女。

生と死。

 

 

その対極があってはじめて、もう片方の対極が存在することができています。

 

 

これを、「愛」について当てはめてみます。

 

 

愛とはすべてであり、愛だけは対極が存在しない、と言われていますよね。

 

 

しかし、もし、あなたが「愛」について理解したいと思った時に、「この世の全てが愛」でできている場では、「愛」を学ぶことはできないわけです。あなたは愛そのものだよ、と言われても、「愛」しか見たことがない、経験したこともなければ、どうやって愛、がわかるでしょうか。

 

 

そこで、魂として存在していた私たちは、神様にお願いします。

 

 

「自分たちが『愛』そのものだ、ということは分かりますが、その『愛』がどのようなものなのか、愛そのものである自分たちには理解できません。」 

 

 

「ですから、どうか、『愛ではないものが存在する世界』で、『愛ではないもの』を見せてください。」

 

 

「そうすれば、『愛』とはなんなのか、理解できると思うんです」

 

 

そこで、魂は、肉体という「自分」としての視点を与えられ、「愛ならざるもの」が存在する地球を、愛を学ぶ絶好の場として、与えられました。

 

 

そして、私たちは、人間としてこの地球で生きて、毎日、毎日、様々な現実を通して「愛」について学びます。

 

 

「愛と感じられるもの」によって、愛を学びます。優しさ、慈悲の心、助け合い、協力、抱きしめること、世話をすること、大好きな気持ち、手を差し伸べること・・・・。

 

 

嬉しいな、喜びだな、幸せだな、もっとこうしていたいな・・・・という温かな感情が、それが愛だと教えてくれます。

 

 

魂は、もともと、愛そのものなので、自分と同じ愛の波動の状態は、居心地がよく感じられ、温かな感情として感じ取ることができます。

 

 

そして、もう一つ。「愛ではないようにみえるもの」によって、つまり「愛と対極にあるもの」によっても、その対極にある「愛」がどういうものなのかを、強烈に理解します。

 

 

嬉しくないな、喜びではないな、幸せではないな、こんなことは嫌だな・・・・・という重苦しい感情によって、それらは愛ではないと教わります。

 

 

魂は、もともと、愛そのものなので、自分と同じ波動の状態でない時、居心地が悪く感じられ、辛さや痛みとなってそれらを感じ取ります。

 

 

このように、2極である地球において、「愛」と「愛ならざるもの」の両者によって、私たちの誰もが「愛」を学んでいるのです。

 

 

執着を経験して、その対極にある愛を知る。

依存を経験して、その対極にある愛を知る。

エゴを経験して、エゴがない世界がある事を知る。

 

 

 

温かな現実や温かな人は、「太陽」となって、愛を教えてくれる人。

 

重苦しい現実や自分にとって厳しい人は、「北風」となって、愛を教えてくれる人。

 

 

 

そう考えますとね、

 

 

 

なーんだ!!!

目の前にやってきたどんな現実も、出会ったどんな人も

優しい人も優しくない人も

嬉しい現実も嬉しくない現実も

そのすべてが

「自分に愛を教えてくれるためだったんだ」

 

 

 

 ということが良くわかります。

 

 

 

次に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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