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ツインレイの愛を生きる

ツインレイとして生きることで、真実の愛を知りました。愛そのものとして生きましょう。奇跡は常に起きています。

質問より ★「ツインの愛」と「普通の愛」1

いただいた質問にお答えしたいと思います。「愛」について、みなさんとご一緒にじっくりと考えたいと思いますので、何回かに分けてお答えしたいと思います。

 

愛をこめて。

 

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Hanabiさん いつも温かいブログをありがとう。 貴女の解釈と言葉で教えていただけたら、と思うことがあり、コメントしました。

 

1. 地球上の普通の恋愛と、ツインに求められる真実の愛の相違点。
普通の恋愛と何がどう違うから、このプログラムを最後まで頑張れるのでしょう。何故、真実の愛がそんなに素晴らしいのでしょう。宇宙から与えられた課題をクリアにして、完全なる統合を果たせたときの、真実の愛は本当に幸せなのでしょうか。

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まず、「地球上の普通の恋愛」と「ツインに求められる真実の愛の相違点」についてです。

 

 

 

 

まず、結論から言いますと、

 

 

 

 

その両者の、「愛」そのものには

 

 

 

 

違いはありません。 

 

 

 

 

愛そのもの、には違いはないのですが、その、愛を学ぶ方法や、相手との関係性、そして愛を理解していくその道のりに違いがあるのです。

 

 

 

もう一度言いますが、愛、そのものには、違いはありません

  

 

 

地球上で、私たちが愛、と呼ぶものは、その本質は、みんな、ひとつ、であり同じものです。

 

 

  

しかし、この、「普通の恋愛」と「ツインの真実の愛」という言葉は、ツイン情報でよく目にする言葉ですよね。

 

 

 

この言葉は、とっても誤解を生みやすく、解釈を間違えやすいです。

 

 

 

「普通」という概念の裏には、「特別」があります。そうなりますと、解釈の仕方によっては、

 

 

 

「一般的な恋愛は普通の愛」

「一般的な恋愛をしている人たちは普通の人」

 

 

それに対して、

 

 

「ツインレイ・ツインソウルの愛は『特別』」

「私は『特別』な愛を経験している特別な人」

 

 

 

という思いになりやすいです。実際に、これまで、ご相談をお受けしている中で、「私は特別に選ばれたんだ」という思いでご相談される方も実は少なくありません。(そうでない方ももちろんたくさんいます)

 

 

そして、そのような考えになりますと、あたかも、「ツインの愛がなければ私は幸せになれない」「なんとしてでも、ツインとの特別な愛を手に入れなければ」という思いを生み出してしまいます。

 

 

 

本来、「愛」というものは、普通も特別もありません。いわゆる恋愛の愛も、ツインの愛も、真実の愛も、無償の愛も、愛、の本質はすべて、同じ「愛」なんです。

 

 

  

では、「普通の恋愛」と「ツインの愛」とは一体なんなのか?なぜ、このように表現されるのか?

 

 

 

それは、まずは、この、「愛」について理解する必要があります。

 

 

 

 

 

この「愛」という言葉の概念が、そもそも、様々な解釈として捉えられうるものですよね。

 

 

 

一体、「愛」とはなんでしょうか?

 

 

 

これまでの歴史を見ても、偉人や、宗教家や、科学者や、もう、たくさんの人が「愛」について探求し、ご自分の見識をそれぞれの立場で述べています。

 

 

 

ある人は、愛を、「慈悲の心」、ある人は愛は「愛おしい気持ち」「好きなこと」「優しさ」「大切なこと」「宇宙そのもの」「神」「心地よさ」「暖かさ」などなど。

 

 

 

この「愛」というものが、例えば物質化された「机」や「椅子」などのように目に見えるものであれば、お互いに説明しやすいですし、理解しやすいのですが、「愛」は感覚的なもので、その定義が人によって様々であるために、お互いに共通に認識できているようで、実は、非常に認識しづらい性質を持っています。

 

 

 

ですから、例えば、読んでくださっているあなが考える「愛」と、あなたのお相手の考える「愛」が、全く同じ言葉を使っているのに、その解釈は天と地ほど異なっている場合が往々にしてあるのです。それは、チェイサーとランナーが考える愛もそうですが、恋人同士でも、夫婦でも、例えば親子でも、愛してる、という言葉の裏に隠された想いは、それぞれ、その人独自の考えがあります。

 

 

 

例えば、ある女性は、「愛とは一緒にいること。分かり合うこと。たくさん話をしてお互いにお互いを深く知ること」と思っているとします。

 

 

そして、その相手の男性が、「愛とは自立すること。お互いがお互いの使命を果たすこと。一緒にいる時間は大切ではない。理解しあうことよりもそれぞれの責任を果たすこと」だと思っているとします。

 

 

 

そうなりますと、お互いがお互いを「お互いの思う愛によって」愛しているのにも関わらず、いつも一緒にいようとする女性の愛は、お相手の男性にとっては苦痛になります。

 

 

 

 

例えば、愛とは、心地よさ、だとします。

 

 

 

この「心地よさ」も、人によって千差万別です。

 

 

 

ある女性は、たくさんメールをやり取りして安心することが心地よさ。

 

 

 

ある男性は、メールを送らずに、1人の時間を設けることが心地よさ。

 

 

 

そして、ここも誤解を生みやすい点なのですが、

 

 

 

私たち人間は、「自分の視点こそが普通である」と思いやすい。自分の考える愛こそが正しいと思ってしまう。そして、自分こそが正しいと、相手の考える愛は間違っている、ように見えます。そして、私の愛に相手が合わせるべきだ、と。

 

 

 

だから、メールをたくさんやり取りすることを愛だと思う女性は、メールを送ってくれない男性を冷たいと感じる。

 

 

 

1人の時間を何よりも大切にしたい男性は、メールをたくさん送ってくる女性は、しつこくて面倒だと感じる。

 

 

 

お互い、愛を実践しているのに、です。

 

 

 

次に続けます。

 

 

 

 

 

 

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