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ツインレイの愛を生きる

ツインレイとして生きることで、真実の愛を知りました。愛そのものとして生きましょう。奇跡は常に起きています。

ツインレイ ランナーの拒絶について

ツインのステージでは、サイレントという期間が訪れます。ランナーツインが去り、去ったランナーの突然の行為に驚き、チェイサーが追いかける。

 

 

でも、追いかけても、何をしてもうまくいかない。

 

 

そして、チェイサーはついに追うことを諦めて、サイレント、いわゆる、お互いに全く交流も連絡もせず、まじわっていない期間が訪れます。

 

 

 

私の場合も、

 

 

え? そんなに突然いなくなるの?!

 

 

と、理解し難く、しかもあまりの突然が故に、青天の霹靂で、驚きと虚しさと切なさと悲しみでいっぱいになりました。

 

 

 

彼が去る原因を作ってしまった自分を責め、後悔の日々でした。

 

 

そして、私を拒絶するという行動をとる彼のことも、心の中で責めていました。

 

 

 

でも実は、この彼の行為によって引き起こされた私の苦しみも、彼が引き起こしていたのではなく、私自身によってもたらされたものなんです。

 

 

 

例えば、私が、自分の全てを愛し、自分のすべてを受け止め、この世の中に悪い行為などなく(自分が悪だと決めつけている行為はあります)、人は無視したり去ったり時にはする存在なのだ、と、あの頃理解していたとします。

 

 

 

そしたら、私は、彼が突然去った時に、なんと思うのでしょう。

 

 

 

自分が「拒絶された」とは、思わないんですよね。

 

 

 

 

 

確かに、彼は目の前からいなくなりました。

 

 

 

でも、その行為に対して、それをされた側の解釈というのは、実は幾通りも考えられるんです。

 

 

 

例えば

 

 

 

あれ? 彼は突然いなくなったけど、彼にはなにかしら理由があるのだろうな。

 

 

とか。

 

 

 

普通に嫌なことを嫌と言えばいいのに、言わない理由、言えない理由があるのだろうな。

 

 

 

とか。

 

 

 

 

私のことを愛しすぎて、離れたいのかな。

 

 

 

とか。

 

 

 

例えば

 

 

 

事故にあったかな?

連絡できない状況に陥ったかな?

仕事が忙しすぎるのかな?

入院したかな?

 

 

 

などもそうです。

 

 

 

つまり、これはツインに限らずなのですが

 

 

 

相手の行為をどう解釈するのか

 

 

それは、「受け取る側」にかかっているんです。

 

 

 

そして、その受け取り方、彼が去った時に自分が感じた感情によって、

 

 

 

今、自分自身が自分のことをどう考えているのか?

 

 

 

ということを、垣間見ることができます。

 

 

 

 

もし、彼が去ったことが、自分に大きな打撃を与え、拒絶された、と感じたのならば

 

 

 

その大きな打撃を受けた傷と同じぐらい、自分が彼に依存していた、ということになります。

 

 

 

依存していない場合、そこまでの打撃を受けないんです。

 

 

 

依存、というと分かりにくいかもしれませんが、それほど、彼に対して、彼は自分を幸せにしてくれるはずだという、大きな期待があったということ。

 

 

 

期待や求めるものが大きいからこそ、同じ大きさの打撃が返ってきます。

 

 

 

そして、彼が去った、という単なる「行為」が、「私を拒絶した憎むべき行為」と捉えられてしまう。

 

 

 

ランナーツインは、自分が去ることで、チェイサーがそんなにも傷ついている、ということを知らないと私は思っています。

 

 

 

あらゆる男性は、女性を幸せにしたいと思っています。心の底では。

 

 

 

ましてや、関わりのあった女性に対して、大打撃を与えて傷つけよう、だなんて思っている男性はいないと私は思っています。

 

 

むしろ、相手を傷つけたくない、余計な苦しみを与えたくない、という気持ちから、理由も言わずに去ったり、連絡を絶ったりするのだと、私は確信しています。

 

 

 

 

ランナーの行為を、拒絶、と捉えるのか、愛のある分離を彼が選んだ、と捉えるのか。

 

 

 

その受け止め方次第で、一人一人の眼に映る現実は、大きく異なります。

 

 

 

 

 

ですから、相手の行為は受け止めるほうの気持ちによっていくらでも解釈できるのですから、だからこそ、ツインというのは、お互いがお互いに自立し、覚醒し、1人で十分に、完全に自分自身を愛で満たしていなければならないのです。

 

 

 

 

 

ツインの統合には、ひとりひとりの自立が必須というのは、そのためです。