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ツインレイの愛を生きる

ツインレイとして生きることで、真実の愛を知りました。愛そのものとして生きましょう。奇跡は常に起きています。

ツインレイ なぜランナーは突然去るのか

ツインレイのステージ

人は古代から、儀式、というものを大切にしています。

 

 

これは日本はもちろん、世界の各国で行われるお祭り、冠婚葬祭の行事、成人式、などなど。

 

 

お葬式は、亡くなった方を弔うことも目的ですが、この世に残された私たちの気持ちを整理するためにも行われている、と聞きました。その期間に、故人とのお別れを理解し、納得し、新しい毎日を過ごすための大切な期間であると。

 

 

学校でも卒業式があります。それによって、寂しさはあるものの、慣れ親しんだ学校と未練を残すことなくお別れし、また次のステージへと進むことができます。

 

 

もし、これらの儀式がなかったら?  

 

 

気持ちの整理がつかず、きっぱりとした気持ちで新たなステージに行くのも困難かもしれません。いつまでも踏ん切りがつかない、いつまでも慣れ親しんだ環境に未練がある。。。

 

 

儀式が果たす役割は大きなものと思います。

 

 

そう考えますと、突然目の前から、なんの理由もなしに誰かがいなくなる、ということほど、気持ちが整理されないことはないんじゃないかと思います。

 

 

もし、少なくとも、別れたいという言葉や、もう会えないという言葉が一言でもあれば、それに納得せざるを得ない。

 

 

でも、なんの言葉もなく、理由もなく、しかもあまりにも突然にいなくなる。。。

 

 

 

 

私が思うに、実は、この、あえて未練を残させるような別離こそが、ツインのステージにとって必要なんじゃないかなと思うんです。

 

 

 

何が起きたのか分からないほどの混乱と、あまりの突然さに、どうしても戻ってきてほしい、という気持ちが湧いてきます。

 

 

このような強烈な痛みこそが、目の前に相手がいないわけですから、自分と向き合わざるきっかけになります。

 

 

また、この、未練があることで、どんなに相手への想いを断ち切ろうと思っても断ち切れない。

 

 

マインドでは、もう大嫌い、顔も見たくない、と怒りが湧き上がっても、その未練のせいで、もしかしたら本当の気持ちは別のところにあるんじゃないか?と思ってしまう。

 

 

そして、何よりも。

 

 

私が思うに、なんの理由も言わずに去った人の方が、何かしら心にわだかまりを残すと思うんです。

 

 

一言も言わなかったこと。

何も言わずに去ったこと。

 

 

 

その直後はそんなことを考える余裕がなくても、しばらく期間があけば、そうした自分について、何かしら考えると思うのですよね。

 

 

 

さようなら、と言って別れれば、その、さようならの儀式によって、きっぱりとした気持ちにもなれる。

 

 

儀式がなく別れる、ということはつまり、むしろ、その、モヤモヤしたものによって、それによって、2人がむしろ結びついているんじゃないかなと思いました。

 

 

 

 

ツインのこと、ツインのステージのこと。これらは、私が彼とうまくいきたいとか、仲良くしたいとかそういう気持ちよりも、今では、壮大なるこの宇宙でのツインの仕組みというものがどんなものであるのか、それを解明したいなと思うようになりました。

 

 

 

今後は、研究の進んでいる海外の文献なども読んで、翻訳して皆さんにお届けできたらな、と思っています。