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ツインレイの愛を生きる

ツインレイとして生きることで、真実の愛を知りました。愛そのものとして生きましょう。奇跡は常に起きています。

離れていることがこんなにも喜びだったなんて

今日、よーく考えてみたのですよね。

 

相手と離れている、ということについて。

 

 

突然、いなくなっちゃった時には、それはそれは絶望しました。

 

 

話したいし、理解したいし、わかり合いたいし、優しくしてもらいたいし、優しくしてあげたい。

 

 

それらが、すべて、一気に不可能になるから。

 

 

あんな瞬間、本当に辛すぎました。

 

 

でも、今思えば、あのように、突然、彼がいなくなったことで、自分のことに向かざるを得なくなり、深く深く自分と対峙し続けることができました。

 

 

目の前に相手がいると、どうしてもその相手に焦点が当たりやすいです。

 

 

相手が〇〇してくれればいいのに、とか、相手が〇〇したから私は寂しい、とか。

 

 

それが、強制的に相手が目の前にいなくなるので、自分と向き合うということしか、できなくなる。

 

 

それが、実は、不幸なように見えて、大きな幸運だったのだな、と、気付かされました。

 

 

 

そして、離れているからこそできていること。離れているからこそ、感じていること。離れているからこそ、分かること。

 

 

たくさんあります。

 

 

そのことを考えるたびに、また一つ、真の自分の姿になっているように思います。

 

 

 

 

かつての私は、ラインなどでメールをやり取りするのが大好きでした。

 

 

大好きというより、それで愛を確かめているようなところがありました。

 

 

ラインがくれば愛されている。ラインがこないと愛されていない。

 

 

それが、全く関係ない、ということが今はよく分かります。

 

 

そして、自分と対峙していると、彼だけではなく、他者からのメールというのは、なんだか煩わしいものになりました  笑  

 

 

 だから、今、彼と会えても、かつてのような頻繁なラインのやりとりというのは、もうしないと思います。

 

 

 

離れているからこそできること。離れているからこそ分かること。そこを感じたら、離れているというのもひとつの実体験であり、これも喜びなんだな、と嬉しくなりました。

 

 

こういう私になれて幸せです。