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ツインレイの愛を生きる

ツインレイとして生きることで、真実の愛を知りました。愛そのものとして生きましょう。奇跡は常に起きています。

なんのために生きるのか

思ったことや感じたこと

子供の頃は、大学に入ることしか考えていませんでした。

 

 

大学に入ると、どんな仕事をしようかなぁと考えました。

 

 

仕事をすると、どんな人と結婚しようかなぁと思いました。

 

 

仕事も落ち着き、結婚し、この年齢になって、もっと自己実現したいと思いました。

 

 

行きたいところに行く。買いたいものを買う。着たい服を着る。食べたいものを食べる。欲しいものを得る。住みたい家に住む。

 

 

これらのことは、確かに、日々の人生を豊かにしてくれます。

 

 

しかし、その、欲、は、きりがないということに気付きました。

 

 

あんなに欲しかった高価な鞄も、いつしか日常生活に溶け込んで、新しくもなんともなくなる。そして、また違う鞄が欲しくなる。

 

 

あんなに住みたかった家に住んでも、それが当たり前になってしまえば、感謝の気持ちもなくなり、当たり前に過ごしてしまう。

 

 

あんなに行きたかった場所も、行ってしまえばまた別の場所に行きたくなる。

 

 

つまり、欲、というのは、際限がないのです。

 

 

いつでも欲しいし、いつでも手に入れたい。もっと、もっと。もっと豊かになりたい、と。

 

 

これは、愛も同じこと。

 

 

欲、がベースになっている、愛、は、際限がありません。

 

 

もっと優しくして欲しい。こんな言葉をかけて欲しい。一緒に〇〇したい。もっと連絡をして欲しい。。。

 

 

これらは、相手にそうしてもらって満たしてもらえば、確かにその瞬間は嬉しくて幸せです。

 

 

しかし、その後、欲を満たすことによって得たしあわせは、いとも簡単に不安や恐怖に変わります。

 

 

次にもらえなかったらどうしよう? また会えなかったらどうしよう? また連絡を取れなくなったらどうしよう?

 

 

これは、かつての私自身の姿です。

 

 

せっかく彼に再会できているというのに、その時でさえ不安でいっぱいでした。そして、もう次に会うことばかり考えていて、愛を失うことの不安でいっぱいで、嬉しかったのなんてほんの束の間で、すぐに苦しみに変わりました。

 

 

 

ですから、求めるべきものは、「真実の愛」だけなのだと、ようやく気づかされました。

 

 

 

真実の愛でない限り、不安と恐怖がなくなることはありません。

 

 

しかし、逆に、真実の愛さえあれば、他の何がなくとも至福です。

 

 

真実の愛は、恐れや不安は一切ありません。

 

 

何かを得られたから、何かを手に入れたから、手に入れるものでもありません。

 

 

相手に何かをしてもらって、相手の行動によって手に入れるものでもありません。

 

 

 

真実の愛、とは、心の状態のことです。

 

 

自分が何者なのかを思い出すことです。

 

 

自分という存在を理解することです。

 

 

ものや相手は、一切関係ありません。

 

 

 

 

 

ここまでこれて、私は本当に幸せになれました。

 

 

そして、何よりも嬉しいのは、たとえまだ痛みや不安などがあっても、

 

 

 

私は、たった今、真実の愛だけのために生きている、という、深い実感があることです。

 

 

かつての私のように、将来の不安のために生きるのではなく、お金だけのために仕事をするのでもなく、

 

この生命のすべてを、真実の愛、のために燃やせていること。それが、本当に嬉しいのです。

 

 

 

そうなりますとね、彼の行動というのは、気付き、でしかなくなります。

 

 

 

もちろん、痛みや苦しみも、まだ、ゼロではないのですが、彼を鏡と見ることで、多くのことに気付かされるのです。

 

 

 

 

 

私は、これからも、真実の愛、のためだけに、生きていきます。