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ツインレイの愛を生きる

ツインレイとして生きることで、真実の愛を知りました。愛そのものとして生きましょう。奇跡は常に起きています。

あるがままで完全を思い出す旅

自分の最も愛する相手が、自分の最も苦しい方法で突然目の前からいなくなる。

 

私は、なぜ、このような苦しいことが起きるのか、起きたのか。ずっと考えていたんです。

 

私は、無視される、ということが、何よりも嫌なことでした。

 

その、最もされたくないことを最もされたくない相手にされた時の絶望は、これまでのブログに書いてきた通りです。

 

そして、読んでくださっているみなさんにも、もしかしたら、無視ということではなくても、みなさんにとって非常に嫌な現実が引き起こされているかもしれません。

 

ずっとずっと、ツインのステージで、そのことが起きる意味を考えていました。

 

そして、これはツインのステージに限らず、とっても嫌な現実、というのは、誰にでも起こりうることです。

 

私は、その意味が分かりました。

 

まず1つ。それは、自分という存在を思い出すためです。

 

私たちはいつしか、自分という人間は、このままではダメで、愛されていなくて、欠けている存在だと思い込んで生きています。

 

欠けているから、相手からの愛が欲しい。相手からの何かしらの働きかけがなければ、満たされないと思い込んでしまっています。

 

しかしながら、もし、私たちはすでに完全で、欠けているものなんてはじめからなかったら?

 

そうなのであれば、相手から満たしてもらう必要はなくなります。相手からなにもなくたって、自分は完全であり、欠けた所はなく、愛そのもの、なのです。

 

いつしか忘れてしまったそのことを、思い出すために、最も大切な人を、最も嫌な方法で失うのです。

 

そして、絶望の時に理解するのです。

 

私には、欠けているものなどなく、はじめから完全だったのだ、と。。。

 

私は、すべての苦しみは、これを思い出すためだけに起きているのだ、とさえ思っています。

 

確かに、彼が去ってしまった当初はかなりの絶望でしたが、その後に得たものは、計り知れないほどの大きさの愛でした。

 

 

 

そしてもう1つ。

 

外側に向いていた意識を、完全に自分に向けるためです。

 

 

彼がいなくなる。辛すぎる。では、この状況をどうすればいいの?

 

そう思った時に、彼という外側に向かっていた自分の意識は、そこから踵をひるがえし、自分の内側へと向けられます。

 

相手のせいにしたり、環境のせいにしたり、そんな自分の外側に原因があると思っているうちは、自分と向き合う必要がありません。

 

しかし、どんなに手を尽くしても外側の世界を変えることができないと無理やりにでも理解した時に、最後の手段として意識は自分の内側へと向き始めます。

 

強制的に、絶望の出来事が起きることで、自分と向き合わざるをえなくなるです。

 

 

 

これら2つが、彼が去った理由なのだと私は分かりました。

 

 

 

そう考えますと、人生で最も苦しかったあの出来事こそが、私にとっては、至福の人生の始まりでした。

 

私もみなさんも、完全なる愛の存在です。

 

 

 

ありがとうございます

愛しています